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東京地方裁判所八王子支部 昭和63年(ワ)18号 判決

原告 小野寺隆

訴訟代理人弁護士 山本真一

同 井上幸夫

原告補助参加人 村椿道夫

訴訟代理人弁護士 栗山和也

同 中川瑞代

被告 大東京火災海上保険株式会社 代表者代表取締役 塩川嘉彦

訴訟代理人弁護士 島林樹

主文

一  被告は原告に対し、一六五四万三四四一円及びこれに対する平成元年一二月二一日から支払いずみまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その四を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事案の概要

第一請求

被告は原告に対し、金四一四六万三二〇三円及びこれに対する平成元年一二月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二争いのない事実

原告と被告(保険代理店訴外株式会社東洋・以下、訴外東洋という)は昭和六一年八月一〇日、保険契約者を原告(保険契約者)とし、保険者を被告とし、原告所有の左記自動車(以下、本件自動車)を被保険自動車とする左記内容の自動車保険更新契約(以下、本件保険更新契約という)を締結した(請求原因)。

1  保険期間 昭和六一年八月一〇日午後四時から昭和六二年八月一〇日午後四時まで

2  被保険自動車 ニッサンHJC31ローレル(多摩五二ま六六四五・以下、本件自動車という)

3  対人賠償額 一人一億円

4  対物賠償額 三〇〇万円

5  特約 運転者が二六歳未満の場合は損害を担保しない。

第三争点

一  昭和六一年一一月二九日午前一〇時一五分頃、東京都府中市清水が丘三丁目四〇番地先道路上で原告の長女訴外天野昌枝(当時は結婚前で小野寺昌枝・当時二〇歳・以下、訴外昌枝という)運転の本件自動車は訴外吉野隆司(以下、訴外吉野という)運転の原動機付自転車と接触し、これを負傷させ、更に道路横の電話ボックス内で電話中の補助参加人に衝突し、これに重傷を負わせ、交通標識、公衆電話ボックスを損壊させるという交通事故(以下、本件事故という)が発生し、原告は補助参加人、訴外吉野、訴外ニューズ産業株式会社、訴外日本電信電話株式会社に対し、後記損害の賠償義務を負った(請求原因)。

二  訴外東洋は原告との本件保険更新契約締結に際し、同年七月に訴外昌枝や原告の長男小野寺実(以下、訴外実という)が普通自動車の運転免許を取得したことを知りながら、原告に対し、重要な告知事項である運転者の年齢制限について十分説明し、告知しなかったので、原告は年齢制限のある本件保険契約を締結し、多額の損害の賠償につき保険金の給付を受けられなかったのであるから、保険募集の取締に関する法律第一一条第一項により、被告は原告に対し、原告が補助参加人らに支払った後記損害賠償金につき、損害賠償をする責任がある(請求原因)。

三  原告は本件事故により補助参加人らに対し、次記損害を賠償した(請求原因)。

1  原告は本件事故で両脚切断の重傷を負った補助参加人に対し、昭和六一年一一月頃から昭和六二年六月二四日までに治療費(杏林大学付属病院関係)一八四万三九七〇円、医療費国民健康保険負担金二七四万六一四九円、義足代四七万五〇〇〇円、右以外の損害賠償金三七〇五万五五三一円(合計四二一二万〇六五〇円)を支払った(但し自賠保険金一二〇万円を受領したので、これを控除した残額四〇九二万〇六五〇円を損害として請求)。

2  原告は訴外吉野に対し、昭和六二年一月二九日までに治療費(東京都都立府中病院関係)六二万七八〇〇円、原動機付自転車の損料として昭和六二年五月一三日、一四万六〇〇〇円、その他の損害金として昭和六一年一二月、一〇万円(合計八七万三八〇〇円)を支払った(但し自賠保険金六二万三七〇〇円を受領したのでこれを控除した残額二五万〇一〇〇円を損害として請求)。

3  原告は訴外ニューズ産業株式会社に対し、交通標識損壊の損害賠償金として昭和六二年一月二三日、一二万四〇〇〇円を支払った。

4  原告は訴外日本電信電話株式会社に対し、公衆電話ボックス損壊の損害賠償金として昭和六二年二月六日、一六万八四五三円を支払った。

四  仮に被告が原告に対し損害賠償義務を負うとしても、損害賠償額の算定においては、本件保険契約締結に際し保険契約の内容、担保条件を十分検討しなかった原告の過失が斟酌されるべきである(抗弁)。

理由

第一争点一について

〈証拠〉によると、争点一が認められる。

第二争点二について

〈証拠〉によると

1  原告は大工であって、一〇数年前から自営で建築業を営んでいるが、従業員はなく(現在は長男が手伝っている)、請負より、手間賃で収入をえている。

2  訴外東洋の代表者である訴外小藤東洋(以下、訴外小藤という)はかっては個人で中古車の修理、販売などをしていたが、昭和五三年頃、訴外東洋を設立して会社組織にした。

訴外東洋の従業員は二名程度で、その収入の約七割は中古車販売によるものであり、保険代理による収入はその一割程度であった。

3  訴外小藤は昭和五二、三年頃、原告と知り合い、自動車の修理などを依頼され、原告の家族に妻三南子、長男小野寺実(昭和四三年六月生・以下、訴外実という)、長女訴外昌枝(昭和四〇年一二月生)がいること、及び子供のおおよその年齢を知っていた。

4  昭和四五年六月、保有自動車台数が九台以下の契約者(ノンフリート契約者)については、運転者の年齢が事故発生率の高い二六歳未満であるときは保険者は損害を担保しないかわり、保険料を年齢制限のない場合の半額位に減額する(但し貨物自動車については適用がない)という、いわゆる年齢別保険料制度が導入された。

5  原告は昭和五二年一〇月、普通乗用車(日産バイオレット)を購入し、訴外安田火災海上保険株式会社(以下、訴外安田火災という)と自動車保険契約を締結し、運転者の年齢二六歳未満不担保の特約で、減額された保険料を支払い、昭和五五年まで、毎年一〇月に契約が更新された。

この二六歳未満不担保特約の有無は保険による担保範囲を限定し、保険料の決定にも重大影響がある極めて重要な事項であるから、当初の保険契約締結において保険者の代理店はこれを保険契約者に告知、説明するのが一般であり、代理店が契約者に告知、交渉せずに一方的にこの不担保特約を決定するようなことは考えられない。

従って訴外安田火災との昭和五二年の当初の保険契約において、原告は二六歳未満不担保制度について説明を受け、その意思に基づき二六歳未満不担保の保険契約を締結し、契約後、その旨の記載のある保険証券〈証拠〉の送付を受け、毎年の更新時にも前年度保険契約の内容指示を受けたものと推測されるが、原告は運転者の年齢制限についてに関心、興味が全くなかったため、二六歳未満不担保の制度についての知識を有しないばかりか、これについて説明を受けたこと自体も忘れて記憶していないという有様であり、その妻三南子も同様であった。

6  昭和五九年八月、原告は中古の日産ローレル(本件自動車)を訴外東洋から購入し、訴外東洋の代理で被告と自動車保険契約を締結したが、当時、原告の子、訴外実は普通自動車運転免許取得年齢(一八歳・道路交通法第八八条第一項第一号)に達しておらず、訴外昌枝は一八歳に達していたが、普通自動車の運転免許を有していなかったので、訴外小藤の説明を受け、同人のすすめで、日産バイオレットの場合と同じく、二六歳未満不担保の特約を結び、減額された保険料を支払うこととし、翌昭和六〇年も同様条件で契約を更新した。

しかし原告は日産バイオレットの場合と同じく、被告との保険契約に際し、訴外小藤から二六歳未満不担保の説明を聞き、その旨が証券表面の「運転者の年齢条件」の欄に「26サイミマンフタンポ」と記入された保険証券〈証拠〉を昭和五九年度、昭和六〇年度に受領しながら、そのような保険制度に関する関心、興味がなかったことと、保険証券が送付されてもこれを殆ど見なかったため、自己の保険にそのような特約が付せられているという自覚をもたず、妻三南子も同様であった。

7  昭和五九年一二月、訴外実は訴外東洋から本田のオートバイを購入し、訴外東洋の代理で被告と保険契約を締結し、昭和六〇年一二月、契約更新がなされた。

8  被告においては、自動車保険の満期の約一月前に満期通知の葉書と前年度の契約内容と今年のお勧め契約内容が記載されている継続申込書を各代理店に送付し、代理店はこの葉書に代理店名が入ったスタンプを押し、前年度の契約内容(保険の種類、保険金額、保険料など)を記載し、切手を貼って、自店の顧客に送ることになっており、運転者の二六歳未満不担保の特約も保険料算出根拠の欄に「26サイミマンフタンポ」と記入されることになっていた。

従って訴外東洋は昭和六〇年八月の更新時にはこのような「26サイミマンフタンポ」と記載された葉書を原告方に送り、原告側では経理担当の妻三南子が、前年度どおりでお願いします、という電話を訴外東洋に入れ、保険料を小切手で支払って契約を更新したが、原告も妻三南子もこの葉書の「26サイミマンフタンポ」の記載には気が付かず、昭和六一年八月一〇日付の本件保険更新契約に際しても、訴外東洋は同様の葉書を約一月前、従って七月上旬頃に原告方に送ったが、原告も妻三南子もこの「26サイミマンフタンポ」という記載には気が付かなかった。

9  昭和六一年七月四日、訴外昌枝は普通自動車の運転免許を取得し、同月二二日、訴外実も同運転免許を取得した。

10  同月下旬、原告と三南子は訴外昌枝を連れて、昌枝の自動車を購入するため訴外東洋に行き、訴外小藤の案内で車を見たが、気に入らずに帰る、ということがあり、また本件自動車の調子が悪いので、訴外実がその車を修理のため本件自動車に乗って訴外東洋に行き、それを訴外小藤が目撃するなどで、訴外小藤は訴外昌枝らが運転免許を取得してから昭和六一年八月九日(この日に更新契約の保険料が支払われた)までの間に訴外昌枝らが新たに普通自動車運転免許を取得したことを知っていた。

11  二六歳未満不担保についての知識がない原告や訴外三南子は訴外東洋から送られてきた前記昭和六一年七月上旬の満期通知の葉書に対し、前年同様、訴外三南子が訴外東洋に電話を入れ、従来どおりという電話を入れ、乗用車については前年同様、二六歳未満不担保の特約がついたまの保険料(原告方では昭和六〇年六月、スズキ・ユーディ・ミニというバイクを購入していたので、新たにファミリーバイク特約を付加することになったので、この分の保険料六九六〇円が加算された)で契約する旨を話し、訴外小藤から聞いた保険料(総額五万一六八〇円)の額を額面とする小切手を切り、訴外実に持たせ、実は本件自動車に乗ってこれを訴外東洋に持参し、訴外小藤から領収書〈証拠〉を貰って帰宅した。

12  訴外小藤は原告方の子供二人が普通自動車の運転免許をとったことを知っていたが、訴外三南子の電話に対し、前年度とは原告方の運転可能の人的構成が変ったので、二六歳未満不担保の特約を付すのは原告にとって極めて危険であることに思いが至らなかったので、訴外三南子に右特約の排除をすすめず、前年度どおりにそのような特約付きの内容で保険契約を更新し、被告に報告したので、原告方には前年度と同じく、運転者の年齢条件の欄に「26サイミマンフタンポ」と記載された保険証券〈証拠〉が送られてきたが、原告はこれを殆ど見なかったので、この特約の存在に気が付かず、訴外三南子も同様であった。

13  昭和六一年一一月二九日、本件交通事故が発生したので、訴外三南子は訴外東洋に電話を入れ、訴外小藤に、保険は大丈夫ですね、と質問し、約二〇〇件の自動車保険を取り扱っていた訴外小藤は原告との保険契約の内容をよく覚えていなかったので、最初、大丈夫です、と答えたが、気になって書類を調べたところ、二六歳未満不担保の特約付きであったので、しまった、原告が困る、と思い、急遽、原告に相談なしに、同日付けで、運転者の年齢の項を、年齢を問わず担保、に変更する書類〈証拠〉を作成して契約変更承認の手続をなし、このための追加保険料三万三九二〇円は訴外小藤が立替払いし、また訴外小藤はその後、自分が訴外昌枝などの普通自動車の運転免許取得を知りながら、漫然と前年度どおりの契約更新をしたことで原告に迷惑をかけたということの詫料として一〇〇万円を持参した。

14  日本損害保険協会は保険代理店講習を行っているが、その講習テキストには契約更新時における注意事項として、運転者の年齢条件の変更や限定運転者の変更を行なうかどうかを確認することをあげている

ことが認められる。

運転者の年齢が二六歳未満の場合、保険者が保険事故による損害を担保しないという特約を付すかどうかは保険による担保の範囲を著しく制限するものであるから、保険募集の取締に関する法律第一六条第一項第一号の重要事項に当り、保険契約更新において保険代理店は保険契約者にこれを十分説明し、告知しなければならない。

原告方の運転可能の人的構成に変化がなかった昭和六〇年度については右認定のような、満期前の葉書送付による前年度の保険契約の告知と契約更新の意思確認くらいで告知は十分に行なわれたといえるが、昭和六一年八月の更新契約においては、右認定のように同年七月に訴外昌枝、実の両名が相次いで普通自動車の運転免許を取得して原告方の運転可能の人的構成が一変し、しかも保険代理店である訴外東洋の代表者である訴外小藤は更新契約前にこれを知悉していたのであるから、この年度については前年度とは異なる告知がなされるべきであり、訴外東洋は原告に対し、前年度と同じ内容の契約では訴外昌枝や実が本件自動車を運転して事故を起こした場合には保険金は貰えないことを説明すべきであるが(説明、告知の方法、程度は保険契約者の経験、知識、職業などで異なるべきであるが、原告は右認定のように過去に自動車保険の経験を有するものの、一介の大工であり、保険に関する知識は極めて貧弱であったと思われるから、説明は判りやすい、親切なものであるべきである)、訴外東洋は前年度の場合と同じく、満期前の葉書の送付による前年度の契約内容の告知と契約更新の意思確認だけで契約を更新したことは前記認定のとおりであるから、更新時における重要事項の説明、告知としてはそれは不十分であり、不親切であったといわざるをえない。

従って被告は保険募集の取締に関する法律第一一条第一項に基づく責任を負う。

第三争点三について

〈証拠〉によると、争点三の1、3、4の事実及び争点三の2のうち、原告は訴外吉野に東京都都立府中病院関係の治療費として六二万三二〇〇円及び本件事故で使用不能になった原動機付自転車の損料(購入代金)として一四万六〇〇〇円を支払ったことが認められるが、その余の支払いについては証拠がない。

第四争点四について

前記認定の、保険契約がなされる当初において保険代理店により二六歳未満不担保の説明、告知がなされるのが一般であること、契約締結及び更新後に送付されてくる保険証券には二六歳未満不担保の記載がなされていること、契約更新前にも二六歳未満不担保の特約が記載されている葉書が送付されること、原告は被告との昭和五九年八月以降の保険契約前にも、昭和五二年以降、訴外安田火災と二六歳未満不担保の自動車保険締結の経験を有することに照すと、被告との昭和五九年八月の当初の保険契約時に原告は訴外東洋から二六歳未満不担保についての説明、告知は受けていない、という原告本人の供述は信用できない。恐らく当初の契約時に説明、告知を受けたが、その制度に関心を持たず、無頓着であったために失念、忘却し、送付されてくる保険証券は恐らく一読もせずに保管し、満期前の葉書もよく読まずに契約更新をなしたものと推測される。保険契約を締結する際は保険契約者は保険金額、保険料の額だけではなく、保険による損害担保の範囲に関する特約や保険料算出に関係のある事項について関心を持ち、注意して説明を受け、契約後に送付されてくる保険証券や満期前の葉書の少なくとも表面に記載されている事項は保険契約上の重要事項であるから、よく読み、理解すべきであり、このようなことを怠れば、不注意であり、過失があるといわざるをえない。

そして原告の職業、保険経験及び昭和六一年八月の更新直前に訴外昌枝と実が普通自動車の運転免許をとったが、訴外東洋は原告と比較的親しい付き合いから、このような原告の家庭内事情をたまたま知る機会があったこと(このような事情を訴外東洋が知りえなかった場合には訴外東洋には責任はない)、訴外東洋は約二〇〇件の保険を取扱っていることなど、前記認定の諸事情をすべて総合して考えると、原告の過失割合は六割とみるのが相当である。

第五結論

そうすると原告の本訴請求は前記認定の損害(但し争点三の1の補助参加人関係の損害は四二一二万〇六五〇円から受領の自賠保険一二〇万円を控除した残額四〇九二万〇六五〇円、争点三の2の訴外吉野関係の損害は肯認される支払金合計七六万九二〇〇円から受領自賠保険金六二万三七〇〇円を控除した残額一四万五五〇〇円)と争点三の3(一二万四〇〇〇円)、4(一六万八四五三円)を合計した四一三五万八六〇三円の四割に当る一六五四万三四四一円及びこれに対する本訴状送達で支払いの催告がなされた後である平成元年一二月二一日からの遅延損害金の支払いを請求する部分に限り認容する。

(裁判官 上杉晴一郎)

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